女衒
娘を親から引き離し
遊郭へと連れてくる男の事をそう呼んだ
女衒として在る男は
仕方がなくそう生きている男も居れば
好んでそう生きる男も居る
仕方がなくそう生きている男は
心がまだ在る
好んでそう生きる男は心がねえ
どちらも同じ肉体を持って生きてる人間に違いはねえが
中身の創り出され方が全く違う
一方は心が埋め込まれている
一方は心が欠如している
埋め込み忘れちまった
母体から生まれたに違いがねえのに
なんていうありさまだろうな
心がねえだなんてな
心っつうもんは
外からは見えねえ
ぱっと見じゃ分からねえ様になってる
埋め込まれているのか
欠落しているのか分からねえ
産んだお母でもわかんねえんだろうな
育てたお父でも分かんねえんだろうな
心が埋め込まれている女衒は哀れなもんだ
善の欠片が心の中でうずくからだ
娘っ子が涙を落とす姿を見ると
自分の女兄弟を思うだろうな
娘っ子がお父とお母を後にし
涙を落とさず 唇を噛み占める姿を見ると
自分を産み落としたお母の涙をそこに見るんだろうな
狭間だ
善とそうしなければならない責任で挟まれる
こんな男は
道中娘っ子に優しく接するもんだ 出来るだけ心を包もうとするもんだ
そんなこと出来る身分か
そんなことする権利が自分に在るのか
見ない振りをしたい自分の中に在る心の善が
男の行動を優しさへと変えるもんだ
罪悪感と自裁の念を正当化させるための
優しさなのかもしれないが
娘っ子は そんな男の優しさに少し心が救われるんだ
でも
送り届けられるその場所は
身売りされた遊郭に相違はねえ
ずるいな
男はずる生きもんだ
娘っ子のちょっとした期待をまんまと裏切る
娘っ子の小さな胸を更に傷つける
余計な優しさは
更に酷い傷を負わす
男は気づかねえ
だってな
自分がかわいいからだ
自分のしたことの正当性を守るために 見せる優しさだからな
娘っ子のための優しさじゃねえ
娘っ子には
かけられた優しさが宝石の様に輝いて見えるのにな
遊郭に到着した時
そんな優しさは墓石の原料にしか過ぎなかったと気づくんだ
初めて人への信頼を捨てる瞬間だ
心の欠片を持った女衒のその後
そいつらが
どんな風に自分の心と向き合うかによって変わってくる
心を捨て去る者も居れば
心の欠片が大きくなっちまって 娘っ子を逃がして
自分の身が裂かれる男も居たな
そんな男は
心が後に男の魂を高みに上げる
平等にできてんだ
この世界っつうもんはな
心が欠如した女衒の話だな
この男には根っから心が無いんだ
娘っ子が泣く姿を見て 笑いがこみ上げる
お父とお母をけり倒してでも 娘っ子を連れていく
善というものを持ち兼ねてねえ
だから
時に悪と呼ぶには遠すぎるほど
冷酷なことを飯を食いながら行えるもんだ
異界のもんが入ってきている様にしか思えねえ所業だ
心が欠如した女衒は
金のためにこれを請け負っているんじゃねえ
楽な仕事だからっつう訳じゃねえ
ただ、
性に合う
それだけだ
女を人間と思っちゃいねえ
泣き叫ぶような悪態を見せりゃあ
絞め殺して そこらへ投げ捨てられる
絞め殺しはしねえな
怖がらせて 泣くなら泣け そう言いながら
ゆっくりと締め上げる
そして晒すように捨てる
この女衒が娘っ子を連れに来たんじゃあ
始まりから地獄だ
この女衒との道中は 死と隣り合わせだ
こいつ等にとって小さな娘の死なんて
ありんこよか
ちょっと上くらなもんか
同等にしかねえ
長い道中なら駆け引きによって
こいつ等の裏の裏っかわを汲もうとしねえと
揚げ足を取られる
優位をこいつ等に持たせながら
その優位さによる振りかざしを及ばせない様に
汲むことが必要になる
賢くなきゃならねえ
精神の死の淵を歩かせられる
心理的駆け引きが
命の基準となりやがる
連れてくるはずの娘を連れてこなかった男達を何人も見た
海に沈められた女も居る
海へ放り投げられた娘も居る
いいや
それを見たんじゃねえ 聞いたことがある
男たちが話している話をさ
男達の罪悪感が話しているのか、武勇伝が言葉になってんのか
分からねえ
どっちにしたって
耳に入っちまったら 目の前に浮かび上がるんだ
娘っ子が海へと沈む姿が
泡っ玉を吐き出す姿だ
娘っ子の体は九の字になって
海の底へと沈んでいくっつうのに
吐き出された泡っ玉は上へと上がる
皮肉なもんだ
泡っ玉には 海から上がる許しがあるんだ
白銀の御霊みてえに
ぽこん ぽこんって娘っ子の口から生まれていくんだ
両方の肺に入り込んだままの空気が
娘っ子の体から抜けるだけなのにな
陸の上と海の中での違いは大きいことを
あからさまに見せられる
お母って言葉にならねえ
声として
上がる玉っころ
お父って縋る玉っころ
無いような空気が海の中じゃあ 存在を現す
涙なんてえもんは
海の塩加減に飲み込まれちまう
同情なんてしねえよ
そこに在るのは海の中の秩序だ
陸の秩序は伴わねえ
‘お父 お母の所へ帰りたい’
娘っ子の想いは
いつだって
何処に至って同じだ
帰りたい
娘っ子から吐き出された泡っ玉は
声にならなかった想いを上げてやるんだな
上へ上へ
娘っ子の肉体は運べなくても
御霊は上げられる
こんな海中に迷うことなく 上がれ上がって
お父とお母のところへ
飛んでいけ
泡っ玉
娘っ子の最後の名残を飛ばせてやれ
私は柱の傍で聞いていた
名も分からない娘
名も知らされることなく消えた娘
だけど
ここへ来るはずだった娘
「捨ててきた 危ない淵だったな」
男たちは笑う
「うまい事言いくるめたもんだ」
大姉達を小ばかにして肩で笑ってる
娘っ子への想いなんて一欠けらもねえ
神と呼ばれる存在が
この場に在るのならば
一体どんな顔をしてこいつらを眺めていたのだろうか
私は黙ってその場を離れた
私を連れ出した男二人は
こいつ等と同じ心が欠如している奴らだった
二人が醸し出す嗅いだことのない臭いは
普通の男達とは違うと私に伝えていた
お父お母からしてみたら娘を連れに来た男に
心の欠片があるのかないのかなんて 感じられないだろう
どっちにしても自分の娘を連れに来た男
それに大差違いは無いもんだ
娘を連れに来た時点で
既に心はないものだと思っているもんだ
心の欠如した女衒
この男たちには
女を見定める目だけは長けている
肉体だけを見定める目じゃねえ
見定める目とは肉体を通り越し 心の中まで見透かす目の事だ
こいつ等の前で
表立って表情が変わらなくても
見えねえ心が跳ねまわる様に動揺してりゃ
容易に嗅がれ見透かされる 見透かされたなら扱いは雑になる
可愛げがねえと嗅がれ 決めつけが行われる
鎮まらせることしかねえ
感情の騒ぎをどこまで黙らせるか
気づかれない様に
さも なんてえこと無い様に振る舞いを装えるか
欺くことだ
心の欠如した女衒っつうもんは
そんな騒いだ感情を見透かし舐めんのを好む 時間をかけて転がすように
味わう 更に騒がせてやろうとする
騒がせて惨めさをさらけ出させ 女を下の下へ落とし込む
女衒と居る限り
駆け引きは終わらねえんだ
私を連れて行った男二人は
興味深そうに私を眺めていた
都合の良い娘
それでもなく都合の悪い娘それでもない
女衒は醜態を晒すように私へと噛みついても来たが
私にとっては それも十分じゃなかった
つまらねえ
そう女衒が飽きさえすればいい 駆け引きから身を引くとき
勝敗は決まる
欺き上手になることしかねえ
平明
敵地に欺きを
私は門の前へ連れてこられた
私の背を押した女衒に言った
「女衒の触る身体じゃねえ」
こいつ等には
もう
手を出すことの出来ない位置に
私は来た
息を止められ
捨てられることは
今はない
だから
吐き出すことが出来た
この男達への抵抗だったんだ
0コメント